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東京地方裁判所 平成11年(ワ)19224号 判決 2000年12月07日

原告

株式会社○○

右代表者代表取締役

甲山太郎

右訴訟代理人弁護士

髙井和伸

被告

株式会社××

右代表者代表取締役

乙川二郎

右訴訟代理人弁護士

髙城俊郎

小池敏彦

鈴木洋子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、本判決確定の日から一年間、別紙一記載の原告の契約先に対して、別紙二の契約内容一覧表及び別紙三の管理車両&運転者一覧表を使用して、車両運行管理業務の請負に関する営業活動をしてはならない。

第二  事案の概要

原告は、警備業務、車両運行管理業務等を目的とする会社であり、被告は、社用車、スクールバス等の運行管理請負等を目的とする会社である。

本件において、原告は、被告が原告の前代表者らから原告の営業秘密を不正に取得し、これを利用して営業活動をしていると主張して、不正競争防止法二条一項四号、三条一項に基づき、営業行為の差止めを求めている。

一〜三 <省略>

第三  当裁判所の判断

一  争点1(請求の趣旨の特定)について

本訴における原告の請求の趣旨は、前記「原告の請求」欄に記載したとおりであるところ、その内容は、被告に対し本件情報を使用して営業活動をすることの差止めを求めるものとして、一義的に明確であるというべきである。

したがって、請求の趣旨の特定を欠くことを理由に本件訴えの却下を求める被告の主張は、理由がない。

二  争点2(営業秘密性)について

1  証拠(甲九、一〇、一八、二五、二八、五四、乙一、四、五、証人東山、同南川、同丙田)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件情報一は、城西支社の作成に係るその顧客に関する契約内容一覧表及び車両変動状況表であり、本件情報二は、本社△△事業部の作成に係る管理車両及び運転者一覧表であり、神奈川支社と城西支社の顧客に関するものである。そして、両者ともバスと乗用車の二つに区分されている。

本件情報一は、城西支社においてパソコンのハードディスク内に磁気情報として保存されるほか(バックアップのためフロッピーディスクにも保存されている。)、A4版の大きさの紙媒体(甲九)としても存在していた。本件情報二は、△△事業部においてパソコンのハードディスク内に磁気情報として保存されるほか、B4版の大きさの紙媒体(甲一〇)としても存在していた。

(二) 本件情報一の紙媒体(以下「紙情報一」という。)は、城西支社において支社長、△△部運行管理部長及び営業担当者三名に配布されており、丙田も城西支社に在籍中は職務上その配布を受けていた。本件情報一は、主に営業担当者が顧客との交渉の際の下資料として用いていたが、運行の担当者が仕事上の必要から本件情報一の内容を聞きに来ることもあった。その際には、各営業担当者は口頭でそれを教えていた。

本件情報二の紙媒体(以下「紙情報二」という。)は城西支社にも送付され、城西支社においては担当の女性社員の机の上のファイルに保管されていた。紙情報二については、各営業担当者には写しが配布されておらず、必要に応じて右ファイルを閲覧するようになっていた。

なお、本件情報一の内容については毎月更新されており、更新される度に古い書類はシュレッダーで廃棄される取扱いになっていた。

(三) 本件訴訟において書証として提出されている紙情報一(甲九)については、各頁に「マル秘」の印が押捺されている。これに対して、平成一〇年八月一日現在の神奈川支社△△部のバスに関する契約内容一覧表(甲一二の8)、同年九月三〇日現在の城西支社の乗用車に関する契約内容一覧表(甲五五)には、同種の書類であるのに「マル秘」の印は押捺されていない。

(四) 本件情報一は前記のとおり、パソコンのハードディスク内に保存されていたが、パソコンのシステムを起動する際に「JYOSAI」の文字を入力するほか、右情報にアクセスするため必要なパスワード等は設定されていなかった。しかも、右「JYOSAI」の文字は、パソコンを操作する者に分かるように画面の脇に貼られていた。そのため、パソコンの担当者等本件情報一の作成・更新の業務に携わっている者でなくても、フォルダーの中味を検索するなどして時間と手間をかければ、パソコン内にある本件情報一を発見することは可能な状態にあった。

(五) 原告会社の従業員は、入社時に誓約書を提出する扱いになっており、その中には「会社業務上の機密をもらさないこと」がうたわれていた。その他、平成八年一一月一五日付けで「機密保持の徹底について」と題する管理本部長名の通知が発出されていたが、それ以外に、本件情報について特に管理を徹底すべきことを指示する内容の文書は残っていない。

(六) 本件情報一のもとになるデータは、各顧客との間の契約書であり、この契約書は城西支社で別途保管されていた。したがって、万一、本件情報一が失われても、その内容を復元することは可能であった。

本件情報の内容に関し、契約先である顧客については大半が原告会社の発行する経歴書(甲三)の「主な得意先」欄に記載され、公表されている。

また、基本管理料、車種、サービス内容等の個々の項目については、同業者であればおおよそその内容は見当がつく性質の情報であり、個々の営業活動において顧客から聞き出したり、逆に顧客が他社の見積りを見せて交渉することも広く行われている。

2 一般に、不正競争防止法二条四項にいう「秘密として管理されている」ことの要件としては、① 当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていることや、② 当該情報にアクセスできる者が限定されていることが必要である。

これを本件についてみるに、右認定の事実によれば、本件情報については、営業担当者のみならず、運行の担当者その他原告会社の従業員であれば、これにアクセスできる状況にあったと評価できる。証人東山、同南川は、本件情報の管理に関し、城西支社及び本社△△事業部においては、紙情報一、同二をそれぞれ施錠された金庫に保管していた旨証言するが、仮にこの証言が真実であるとしても、前示認定のように城西支社において紙情報一は営業担当者に配布され、紙情報二は机の上のファイルに収納されていたのであるから、本件情報へのアクセスが制限されていたと評価するには程遠いというべきである。パソコン内の本件情報一についても、アクセスを制限する意味でのパスワードが設定されていたということはできないから、同様にアクセスが制限されていたと評価することはできない。

また、右1(三)の事実によれば、紙情報一、同二に平成一〇年一一月当時「マル秘」の印が押捺されていたことにも疑念を挾む余地があり、被告の指摘するように本件訴訟のために後から右の印を押した可能性を否定できないというべきである。したがって、紙情報一、同二に営業秘密であることを示す標識が付されていたことも十分に証明されていないと言わざるを得ない。

3 さらに、本件情報の内容のうち、顧客名については原告会社自らが公表しているのであるから非公知性は失われているし、それ以外の基本管理料等の項目については、これらをまとめた資料があれば便利であるが、なくても別の方法で取得することは可能であって、営業秘密であるための要件としての有用性までは認められないというべきである。

4 右によれば、本件情報は他の社内向けの文書と大差のない状態で管理されていたというほかはなく、秘密として管理されていたものと認めることはできない。

三  争点3(不正競争行為)について

1  前示二の認定判断によれば、原告の請求は既に理由がないが、念のため被告による不正競争行為の有無について判断する。

証拠(甲一二の4ないし7、一三の1、2、二〇、二一の2、3、三二、三八ないし四〇、四五、四六、四九、五七、乙三ないし五、証人東山、同南川、同丙田、被告代表者)及び前記当事者間に争いのない事実を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 丙田は、平成一〇年一二月一〇日に同一一年一月一五日付けで原告会社を退職する旨の退職届(甲三九)を提出した。しかし、この届は様式及び手続の両面で不備があったため、丙田は同一一年一月六日付けで正式の退職願(甲四〇)を提出し、同月一五日付けで退社が承認された。そして、その後丙田は被告会社に入社した。なお、丙田は、平成一〇年一二月一四日ころまでは残務整理等のため城西支社に出社していた。

丙田は、城西支社の東山支社長(当時)に対し、退職の理由として、以前に勤めていた会社の社長から復帰を要請されたためと真実と異なる事実を述べたが、それは、右当時、原告会社では競合する会社として被告会社の営業活動を警戒する向きがあり、被告会社に入社すると説明すればボーナスや退職金の支給を受けられなくなると判断したためであった。

(二) 丙田は、原告会社に在職中、本件情報を顧客との間の契約更改又は値下げの交渉の際の下資料として用いたことがあり、紙情報一については配布を受け自ら保管していた。丙田は、原告会社を退社する際に、西田運行管理部長(当時)の目の前で自分が保管していた紙情報一をシュレッダーにかけて廃棄した。

(三) 丙田は、平成一〇年一一月ころ、城西支社に持ち込まれた区議会議員の選挙活動用の車両の運行業務の案件に関し、それが特定旅客自動車運送事業(通称グリーンナンバー)に該当するか、該当するとすれば右事業の免許を有しない原告会社では対応できないので右顧客を紹介してよいかを確認するため、西田運行管理部長の指示により、株式会社△△を訪問したことがあった。

しかし、担当者が終日不在であり、他に事情が分かる者もいないということであったので、丙田は、右案件を株式会社△△に紹介する際に支障がないか、具体的には同社が免許を受けている地域内に右議員の選挙区が含まれているかを確認する目的で、同社の定款の閲覧を申し込んだ。

ところが、同社の社長の北野六郎から原告会社を辞める人間には定款を見せられないなどの嫌がらせを受けたため、丙田は定款を見ることができなかった。

(四) 丙田は、平成一〇年一二月初旬、数回にわたり、被告会社に電話をかけ、かつて原告会社に在籍し、当時既に被告会社に移籍していた乙川五郎(乙川の息子)に電話をした。また、同月七日の午前七時一二分ころ約一分にわたりファックスで文書を送信した。なお、丙田は、原告会社在職中は午前七時台の早い時間に出勤する習慣があり、その日も普段の日に比べ特に早く出勤したわけではなかった。

(五) 車両運行管理の請負契約に関する見積書を、原告会社と被告会社で比較すると、①書式全般、②基本管理料に含まれる項目か否かを○印と×印で表わした表、③特記事項、④支払方法の記載欄に至るまで類似している。

他方、右見積書を同業他社である大新東株式会社の見積書と比較すると、④支払方法の欄を除いて類似している。

一般に、車両運行管理の請負代金を決める際には、日数、基本キロ数、超過料、拘束時間など見積書に含まれる個々の要素が考慮されている。右項目の具体的な数字は、顧客との商談においてその要望を聞きながら一つ一つ交渉して詰めていくことになる。また、その際に顧客が他社との契約に関する見積書等を示して、「これより安くならないか。同じような項目で見積りを出してほしい。」というような希望を述べることもしばしば行われている。なお、顧客の中には、見積書等を示す際に会社名を伏せずにそのまま示す者もある。

(六) 被告会社の営業先は日本全国の約四〇〇社にのぼる。その中には、ピープルのフライツァイト新百合ヶ丘が含まれているが、ピープルは、乙川が株式会社△△の前身である▽▽株式会社の営業部長をしていたころから付き合いのある顧客であり、同社との交渉は被告会社の設立直後に見積りを依頼されたことによって始まり、丙田が入社する以前に既に完了していた。

(七) 丁野は、車両運行管理業を目的とする株式会社Aの代表者であり、原告会社も加盟している社団法人日本自家用自動車管理業協会の理事でもあったが、平成一〇年七月二五日右会社の取締役の職を解任され、同年一一月ころ右協会理事の職を辞任した。

丁野は、同年一一月下旬ころから数回にわたって乙川に面会を申し入れ、被告会社の親会社である株式会社××の警備部門に自分を迎え入れるよう紹介してほしい旨要請した。乙川は、丁野の右希望を株式会社××の戊沢東京事業本部長に伝え、戊沢は丁野と面接をしたが、最終的には株式会社Aの代表者を務めていた人物を一従業員して採用することはできないという理由で、株式会社××は丁野の採用を断った。

乙川は、右の結果を丁野に伝えるとともに、どうしても株式会社××に入社したいのであれば月収二〇万円の顧問という処遇になる旨の話をしたところ、丁野は不満そうな顔をして「考えさせてくれ。」と答えた。その後、丁野と乙川との連絡は途絶えている。

2  右認定の事実を前提に判断するに、丙田は原告会社を退社後間もなく被告会社に入社していること、丙田は原告会社に在職中本件情報を取り扱っていたことは認められるが、それ以外に原告主張のように丙田が本件情報を不正に取得したことをうかがわせる事情は認められず、他方、前示認定のとおり本件情報には不正な手段を用いて入手するだけの有用性は認められないこと、被告会社の営業先には原告会社の顧客以外の事業所も相当数含まれていることからすれば、丙田が本件情報を不正に取得した事実を認めるに足りないというべきである。

なお、平成一〇年一二月七日早朝の丙田から被告会社へのファックス送信については、送信時間が約一分と短時間であることから、これをもって紙情報一(一二枚)、同二(九枚)の送信とみるのは困難である。

3  原告は、丁野が平成一〇年一二月被告会社の事務所において乙川が本件情報一の記載された用紙を所持している場面を目撃した旨主張し、丁野作成の上申書(甲三一)や手紙(甲五八)には、平成一〇年一二月中旬ころ乙川から厚さ約一センチ、紙のサイズA4版の原告会社の顧客名簿を見せてもらったという趣旨の記載がある。

しかし、右1(七)認定の事実によれば、丁野は乙川に対し悪感情を抱いていたと認められる上、被告代表者乙川は当法廷において、丁野の指摘に係る本件情報を記載した書類は一切持っていない旨供述していることに照らせば、右上申書等の記載を直ちに措信することはできず、他に乙川が本件情報を不正に取得したことを認めるに足りる証拠はない。

4  右によれば、被告による本件情報の不正取得の事実は、認められない。

四  まとめ

以上によれば、原告の請求は、営業秘密性、不正競争行為のいずれの点においても理由がない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・三村量一、裁判官・和久田道雄、裁判官・田中孝一)

別紙一、二、三<省略>

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